ここでは2010年~2014年ブラジルワールドカップまで指揮され、

歴代監督のなかでも大人気のアルベルト・ザッケローニさんの講演の内容をご覧頂こうと思います。

テーマは「組織マネジメント」。

今回はミラン・日本代表監督時代のチームの作り方について語っています。

 

矢野大輔さんの通訳日記という本を読んだ方は分かるかもしれませんが、半分は代表活動での選手とのエピソードとなっております。

 

 

【追記】

当時の私は代表が大好きで、上の写真のようにNumber通訳日記も買い、さらに講演にも駆けつけていました(笑)

 

日本代表は今ロシアワールドカップ・アジア最終予選の真っ只中です。

ここでもう一度!4年前の当時を思い出しながらみなさんと熱い気持ちを共有したくて書きました。

それではご覧ください。

 

 ご一読される前に

  • 本文がそこそこ長く(約15,000字)なりましたので全4回に分けて記事に致します。今回が2回目です。

1回目:元代表監督ザッケローニの思考。リーダーに求められることとは

3回目:元代表監督ザッケローニの思考。アジア杯・ブラジルW杯を振り返る

4回目:質疑応答・今後Jリーグで監督をする可能性は?

  • 内容のポイントだけ押さえておきたい方のために【ざっくり要約】を記述致しました。
  • あくまで私の力量の要約ですので、本文を読み、深く理解されることをお勧めします。

 

 

 

 

【本文をざっくり要約】-『強いチーム・強い組織とは、どんな要素を持っているのか』

 

 

  • (まず私は)最初から強いチームを作っていくチーム状況に置かれるところに就任してきた。 
  • 例えばミラン。就任する二年前11位、一年前には10位でリーグ終えた。かなりの投資をしてもそれだけの結果。

 

そこから一年でチームを立て直した、どんな事を?

  • 就任当初、当時のミランは全ての手を尽くしたが低迷している。あとはザックさん何とかして、お任せします、スケジューリングもね、という状況だった。
  • どう立て直していったかと言うと、まずは人間を見る。チームに就任した時に手元にどういった人間がいるか。
  • その後にどういった武器(技術レベル)をこのチームは持ってるのかという事を分析していく。 

 

うまく立て直したが、ここが良くなかったって思うことはあったか?

  • あまり調査もしなかったし、気にもしなかった。
  • 結局そこに注目を、注意を向けるより、何をしなければいけないかというところに注意を向けなければいけない。つまり自分はこれから何をしなければいけない。

 

  • 結果論で感情論で流される訳ではなくて、なぜそういったことになってしまったのか、なぜそういったことが起こっていたのか、を注目して見なければいけない。
  • ミランに就任した当初はまず手元にいる人間を見る、選手たち、どういった人間なのかというのを見る。
  • 彼らを最大限に活かす為にはどういったサッカーをしていかなければいけない、という事を考えていく。

 

日本代表での取り組み方は?

  • 手法は一緒、手元にいる人間を見極める。
  • その人間をいかに活かし、どうチームづくりしていくのかを考える。
  • 持ってるアイデアで、コミュニケーションを通じて伝え、常に強いチームとしてコンセプト、バランスと勇気というのを持ち合わせて、意識させながら徐々にチームを作っていく。

 

日本代表での新しいチャレンジは?

  • 世界の強豪に対しても臆することなく自分たちのサッカー、
  • 主導権を握るサッカー。

 

具体的にはどんなチャレンジ?

  • リスペクトしなければいけない、しかし怯まない、怯えないで出していこう。
  •  トライは、常にできた訳ではないが、殆の時間で殆どの回数できたと思う。
  •  ただ残念ながら4年では時間が足りなかったと考えている。
  • 相手をリスペクトするけれども、怯んではいけない。意識を植え付ける時間がもう少し必要だった。
  •  例えばワールドカップの舞台、リスペクトはしていたけれど、少し怯んでしまった。数人の選手が少しビビってしまった。
  •  やはり持つべきフィロソフィ(哲学)は、「子供がサッカーをした時に自分がボールを触りたい、ボールを持ってやるんだ。」という原点を持ったチームにしていきたい。
  •  なので日本は世界レベルの試合になっても日本らしいサッカーをしなければいけない、つまり自分達の主導権を握る中で、
  • ボールを自分たちが保持しながらサッカーを展開していかなければいけない、ということにチャレンジしている。
  • まず自分達のサッカーをするよ、その上で相手をリスペクトしていく。選手達にはサッカーをする為の技術というか方法を使用してくれと、お願いしました。

 

日本人選手のメンタル的な傾向で気にしていることは?

  • 勇気は持っているがワールドカップの場では少し怯んでしまった。
  • メンタルの問題と言い切っていいか分からないが、ボールを失った時のそれぞれの距離感、重心が前の選手と後ろの選手で分かれてしまい、少し遠かった傾向があった。
  • この傾向を、どう修正していくかは場数を積むしかない、世界の強豪のチームとアウェーで戦っていくしかない。
  • 場数を積んでいく事が一番近道、そんなに時間は掛からない。やっぱり成長したければ強い相手とやらなければいけない。
  • 時に強いチームとやって負けた方がより成長を促せる事がある。日本サッカーの今後も目の前の結果に左右されるのではなくて、継続した成長を求めていくべきだ。

 

 

登壇者プロフィール

 

アルベルト・ザッケローニ


1953年4月1日生まれ、イタリア出身。現役時代のポジションはサイドバック、20歳を前にして引退。

過去にウディネーゼ、ACミラン、SSラツィオ、インテル、トリノFC、ユヴェントスFCとイタリアのクラブチームの監督を務める。
ACミラン監督時代には、就任初年度の1998-1999シーズンにセリエAでリーグ優勝しスクデットを獲得。

イタリアサッカー伝統の超守備陣形のカテナチオではなく、攻撃重視の3-4-3フォーメーションを好む監督として知られる。

 

日本代表時代

2010年8月30日、サッカー日本代表監督に就任。

代表監督初采配は10月8日の国際親善試合で、アルゼンチンに日本代表史上初めて勝利(1-0)した。

2011年に行われたAFCアジアカップで優勝へ導いた。

監督に就任してから2011年11月15日の北朝鮮戦に負けるまでは1年間無敗(16試合)が続いていた。

2013年6月、2014年ブラジルW杯アジア最終予選グループBを5勝2分1敗の成績でグループ1位となり、5大会連続となるワールドカップ出場を決めた。

2014年6月、ブラジルW杯本大会は1分2敗でグループリーグ敗退となった。

日本代表監督就任後、素早いパスワークとサイドを起点にした攻撃的サッカーを掲げ強化に努めてきたが、集大成であるW杯で結果を残せず、6月26日、日本代表監督の退任を表明した。

 

北京国安時代

2016年1月19日、中国サッカー・スーパーリーグの北京国安の監督に就任することが発表された。しかし、開幕から9試合で勝点を9しか獲得できず低迷し、同年5月19日に成績不振で解任された。

(Wikipediaから抜粋)

 

 

矢野大輔

1980年7月19日東京都生まれ

セリエAでプレーするという夢を抱き、15歳で単身イタリアに渡り、言葉や文化の壁にぶち当たりながらもサッカー漬けの青春時代を過ごす。

その後、プロサッカー選手になるという夢は断念するも、イタリアに残りトリノのスポーツマネージメント会社に就職。

アレッサンドロ・デル・ピエロを筆頭とするトップアスリートの近くでマネージメントを学びつつ、日本とイタリアの企業の橋渡し役として、商談通訳やコーディネートに従事しながら日伊両文化への造詣を深める。

2006年にトリノに移籍した大黒将志選手の専属通訳となる。

そして2010年、アルベルト・ザッケローニの日本代表監督就任に伴い、チームの通訳に就任。

ブラジル・ワールドカップまでの4年間、監督と選手の間を取り持つ役割を担い、刺激的かつ緊張感溢れる日々を経験する。

2014年7月ブラジル・ワールドカップ終了に伴いザッケローニ監督の退任と同時に代表チームを離れる。

ザッケローニ監督が全身全霊をかけて作ったチームとその4年間の積み重ねを多くの人に伝えること、あきらめなければ夢はいつか必ず、形を変えてでも叶うというメッセージを子供たちに伝えるために、執筆、講演、メディア出演などを精力的に行っている。

(矢野大輔オフシャルウェブサイトより抜粋)

 

並木裕太

株式会社フィールドマネージメント 代表取締役。慶応義塾大学経済学部卒。

ペンシルバニア大学ウォートン校でMBAを取得。

2000年、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社、09年に独立、フィールドマネージメントを設立。

エレクトロニクス、航空、インターネット、自動車、エンターテインメントなどの日本を代表する企業の戦略コンサルタントを務める。
2015年に、MBA母校のウォートン校より、40歳以下の卒業生で最も注目すべき40人として日本人で唯一ウォートン40アンダー40に選出される。

スポーツの分野では、野球において、プロ野球オーナー会議へ参加、パ・リーグのリーグ・ビジネス、ファイターズやイーグルスなど多数のチームビジネスをキーマンとともにつくり上げており、
サッカーでは、Jリーグの理事として、リーグ・ビジネスの発展に努めている。

Jリーグ理事就任までは、湘南ベルマーレの取締役として、チームビジネスの推進に尽力してきた。

さらに、日本のスポーツを支える指導者を表彰するJapan Coaches Awardを運営する、Japan Coaches Associationの理事や日本一の社会人野球クラブチーム「東京バンバータ」の球団社長兼GMでもあり、プロアマ問わず、日本のスポーツビジネス発展に尽力している。

(株式会社フィールドマネージメントHPより抜粋)

 

スポンサーリンク

 

 

 

強いチーム・強い組織とは、どんな要素を持っているのか

 

2016_11_30 009 (51)

 

講演日:2014年11月26日(水曜日)
場所   :ベルサール渋谷ファースト

 

 

司会者

これまでの監督経験の中でどのチームが強い組織であったと言えますか、その理由も教えてください。

 

ザッケローニ(以下ザック)

これまでのキャリアを振り返ってみると最初から強いチームを作っていく、そういったチーム状況に置かれるところに、就任してきたなと思っています。

例えばミランですね。
自身が就任する二年前、偉大な監督がミランを指揮していた、二年前はサッキさんが11位でリーグを終え、就任する一年前にはカッペードさんが10位でリーグを終えた。

そこでミランはかなりの投資をして、それでもそれだけの結果しか出なかった。
まさか自分が当時ミランの監督になるとは思ってもみなかったので、悲惨な状況を外から眺めていて「次のミランの監督になる人は可愛そうだな、悲惨だな」という思いで見てました。

 

当時覚えているのは、自分の同居の友人がミランの大ファンなんですけれども、日々チームの低迷に頭を悩ませて、体調が悪くなったり、低迷を嘆いていたと記憶しています。

結局ベルルスコーニ会長と、今でもいらっしゃいますけれども、一緒にミランの契約にサインしたんです。
でもまだ表には出てなくて、自分の街に帰って同居の友人に会って彼に伝えて。
「これから低迷に嘆くのは君だけじゃないよ」と。
「僕も我慢しなければいけなくなるよ」と話をしたのを思えています。

 

(会場:笑い)

 

 

ミラン監督時代のチームの立て直し方

 

並木裕太(以下並木)

そこから見事一年間でチームを立て直した訳ですけれども、具体的にどんな事をされたかというのを教えて下さい。

 

ザック

まず話をしていく中で、ミランの監督に就任しました。
それでチーフマネージャー、全体のスケジュールを管理する人間がいるんですけれど、いつプレシーズンに入るのか、いつキャンプに入るのか、フレンドリーマッチ、どういった試合を重ねてチームに入っていくのか、そういったスケジューリング、またどういった選手を補強するのか、そういった話を聞きました。

 

「分かりました、上と掛け合ってきます」と言って、チーフマネージャー戻ってきたんですけれど、そこに白紙で、つまり何も計画が立てられてなかったんです。

つまりミランは全ての手を尽くした、と。上がって行く為に。それでも低迷している。
あとはザックさん何とかして下さい、あなたにお任せします、スケジューリングもね、という事に。

じゃ具体的にどう立て直していったかと言うと、まずは人間を見る、と。
チームに就任した時に手元にどういった人間がいるか。
その後に技術レベル、つまりどういった武器をこのチームは持ってるのかという事を分析していく。

 

少し話はずれますけれど、これまでの監督でチームを決めるときに考えていたのは金銭面での条件は最後にしてた、つまりそのプロジェクトがいかに魅力的か、重きを置いて判断してきました。

自身としては、やはり今まで誰もやったことがない事をやってみよう、つまり今まで誰も作ったことのないものを作ろう。
そういった心構えでチームを作るときには常にいました。

司会者

結果としてミランをうまく立て直して振り返ってみて、ここが良くなかったんだってズバリ思うことはありますか?

ザック

そういう意味で、なぜうまくいってなかったかというところはあまり調査もしなかったですし、気にもしなかったというか、結局そこに注目を、注意を向けるより、何をしなければいけないかというところに注意を向けなければいけない、つまり自分はこれから何をしなければいけない。

例えば、過去のことを10人の人に聞いたとしたら、結局それぞれの違った意見を言うので、何が正しいのかよく分からなくなってしまう。

結局多くの場合、前年の結果とか、つまり結果論で物事は語られることが、特にサッカーの世界ではですね、ただ監督としてはそれじゃ意味ないという風に思っていて、結果論で感情論で流される訳ではなくて、なぜそういったことになってしまったのか、なぜそういったことが起こっていたのか、を注目して見なければいけないという風に思っている。

 

例えばミランに就任した当初はまず手元にいる人間を見る、選手たち、どういった人間なのかというのを見る、彼らを最大限に活かす為にはどういったサッカーをしていかなければいけない、という事を考えていく。

 

並木

ビジネスでいうとなかなか難しいのは、今の状況を見て過去の分析しちゃうんですね、やっぱり。
だから、経営者の中にはゼロベースに考えて、今の状況から未来を考えられる人達がいるんですけれども、まさにザッケーローニ監督の今の話を伺ってると、ゼロベースで未来を築ける監督だったのかな、と思いました。

えー日本代表というのは、話が日本代表にちょっとシフトしますと、強い団結力を持つ目標に向かってたんだと思うんですけれども。
さっき新しいチャレンジ、新しいことをしたい人、したことがないことをしたいと、おっしゃってましたけど、日本代表での新しいチャレンジ、どんなチャレンジでどんなことでしたか?

 

ザック

まずは手法は一緒ですね、手元にいる人間を見極める。
その材料をいかに活かしていくのか、どう料理していくのかという事を考える。
持ってるアイデア、つまりどう料理しようか、選手たちにコミュニケーションを通じて伝えていく、常に強いチームとしてコンセプト、バランスと勇気というのを持ち合わせて、意識させながら徐々にチームを作っていく。

 

新しいことの話なんですけれども、世界の強豪と引いてではなくて、世界の強豪に対しても臆することなく自分たちのサッカー、主導権を握るサッカーというものを、リスペクトしなければいけない、しかし怯まない、怯えないでそういったのもを出していこう。

そういったことにトライをしていきまして、この4年間常にできた訳ではないんですけれども、殆の時間で、殆どの回数できたという風に思ってる。

ただ残念ながら4年では時間が足りなかったのかなと考えている。
時間が足りなかったのが何でかと言うと、相手をリスペクトするけれども、怯んではいけない。
この意識を植え付ける、少し時間が必要だったと思う。

 

例えば具体的に言うとワールドカップの舞台ですね、その場でリスペクトはしていたけれど、怯まない、ではなくて、少し怯んでしまったという風に思う。
数人の選手が少しビビってしまったと思う。

やはり持つべきフィロソフィというのはですね、子供がサッカーをした時に自分がボールを触りたい、ボールを持ってやるんだ、原点の部分ですね、のところを、そういったフィロソフィのところを持ったチームにしていきたい。

 

なので日本は例えば世界レベルの試合になっても日本らしいサッカーをしなければいけない、つまり自分達の主導権を握る中で、ボールを自分たちが保持しながらサッカーを展開していかなければいけない、ということにチャレンジしている。

なので結局相手に合わせるサッカーに徹するのではなくて、まず自分達のサッカーをするよ、その上で相手をリスペクトしていく。

選手達にはサッカーをする為の技術というか方法を使用してくれと、お願いしました。

 

 

ザックが思う日本人のメンタルと今後の課題

 

司会者

ありがとうございます、あの日本人のメンタル的な特徴にとって、そういった気持ちに負けないサッカーをしていくことが大切ってお話がありましたが、日本人のメンタル的な傾向としてはどんなこと気にされてますか?

 

ザック

先ほど初戦のワールドカップの舞台で少しビビってしまったと、いう風には言いましたけど、勇気がなかったと捉えられてはいけないと思っていて、勇気というのは持ってるんですね、だけどワールドカップの場では少し怯んでしまったのかなと思います。

例えば分かりやすい例を用いると、日本がボールを保持してるときにチーム全員の方にいると、つまりチームの中心を高くしてくれ。
なぜそのお願いをしたかというと、ボールを失ったときにチーム全体が前掛り、重心が前になっていれば切り替えが早くうまく前に行ける。

 

ワールドカップの初戦ですね、何人かのメンバーは前掛り、つまり重心を高くしようと思ってるんだけれども、残りのメンバーが後ろの方に少し重心を下げてしまっていた、というところでメンタルの問題と言い切ってしまっていいのか分からないんですけれども、そういった傾向がありました。

そういう意味でボールを失った時のそれぞれの距離感というのは、やはり重心が前の選手と後ろの選手で分かれてしまったので、少し遠かったのかなと思いますし、それが原因だったのかなと思います。

ただそういった傾向を、どういった風に修正していくのか、という所に入りますけれど、それは場数を積むしかないと思っていて、世界の強豪のチームとアウェーで戦っていくしかないと思っています。

 

例えば、ドイツとドイツでやる、イングランドとイングランドでやる、イタリアとイタリアの地でやる、相手のアウェーの場で、サポーターの中で自分達の力をいかに発揮していくのか、場数を積んでいく事が一番近道なのかな、そんなに時間は掛からないという風に思っています。

やっぱり成長したければ強い相手とやらなければいけないという風に思ってます。
時に強いチームとやって負けた方がより成長を促せる事がある、楽なチームに勝つよりですね。

日本サッカーの今後も目の前の結果に左右されるのではなくて、継続した成長を求めていくべきだという風に考えています。

 

司会者

ありがとうございます。

ここまでいかがですか?

 

並木

そうですね、思ったよりもケアとフレキシビリティとリスペクト、スタイルをベースに信頼関係を作っていく。

それで4年間過ごして、夏、そのスタイルに多少綻びが出てきた、というところまでお話を頂いたと思うんですけれども。

この話って会社でもよくある話で、一生懸命作ってきたものが大舞台で崩れかけている。

後半は是非そこを、このあとザックさんが、日本には理想の上司ランキングというのがあって(ザックさんが)一位になってしまうので(笑)。

もうちょっと鬼の部分を出して頂いて、ワールドカップでほころび始めた組織を、どう立て直したのか、どんな怖いザックさんがいたのか、語って頂ければと思ってます。

 

 

Part3 アジア杯・ブラジルW杯を振り返る

 

本日もご覧いただきありがとうございました。