【追記】2017年11月30日:ドイツ誌『キッカー』で、自身のコンディションや将来について述べた内容を追記しました。

 

サッカー日本代表のキャプテンであり、私が尊敬するスポーツ選手のひとりが長谷部選手です。

今回は長谷部選手の生き方を振り返り、その人徳・人柄に触れていこうと思います。

日本代表は8月31日のオーストラリア戦に勝利し、ロシアW杯出場が決まりました。

長谷部選手もリハビリ途中の膝の痛みを抱えながらもフル出場し、勝利に貢献しました。

 

今後は来年の本大会に向けて、コンディションを維持し、万全の状態でロシアW杯での活躍を期待しています。

 

 

プロフィール

 

 

 

○1984年1月18日生まれ 静岡県藤枝市出身
○奥さんは元non-noモデルの佐藤ありさ
○2017年7月21日に子供を授かる

職業:プロサッカー選手
現在ドイツ・ブンデスリーガのフランクフルトに所属
プロ歴:16年目
チーム:2002年浦和レッズ入団(約5年半)
→ドイツ・ヴォルフスブルク(約5年)
→ドイツ・ニュルンベルク(9ヶ月)
→ドイツ・フランクフルト(現在3年目シーズン中)
※3月4日に日本人最多出場記録を更新(ブンデスリーガ通算235試合出場)

 

日本代表歴:
2010年南アフリカワールドカップ、2014年ブラジルワールドカップ出場メンバー
(両大会ともにキャプテン)

約7年間不動のボランチ、MFとして出場しキャプテンを任されてきた。
現在右足のケガのため離脱中だが代表キャップ(出場試合数)は100試合以上を数える。
また北京世代、ロンドン世代、リオ世代と自身より若い選手が入ってくるなか召集され続け、岡田監督、ザッケローニ監督、アギーレ監督、そしてハリルホジッチ監督と歴代の代表監督から実力と信頼を得ている。

2017年8月31日のオーストラリア戦にフル出場し、見事ロシアワールドカップ出場を掴む。

 

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突然の代表キャプテンは監督からの”引き出し”

 

長谷部選手が初めてキャプテンマークを巻いたのは南アフリカワールドカップ前の2010年5月イングランドとの親善試合だった。

直前の国内での壮行試合・日韓戦(埼玉)で0-2と惨敗し、危機感を募らせた岡田武史元監督が「流れを変えたい」と中澤佑二(横浜)選手から長谷部選手へとキャプテンを変更した。

この時の話を岡田元監督はこう語っている。

 

 僕は中澤をキャプテンから外したじゃないですか。同世代で仲のいい俊輔、楢崎(正剛)がレギュラーから外れたでしょう。

彼らは仲がいいんですよ、親友なんですよ。
そうしたら、あの2人がガッカリしているのに、おれだけキャプテンとして、さあ行くぞって元気よくいけるかなって。

ちょっと遠慮があるんじゃないか、その遠慮が命取りになるんじゃないかって思って、キャプテンを外したんです。
部屋に呼んで(中澤に)なんて言ったか。

「おれは今回ワールドカップ(W杯)で勝つために、キャプテンを代えようと思う。お前が悪いわけじゃない。でも、代える決断をする。納得してほしい」。
それ以上は言わないです。

言わないですけど、その後ろには、どうしても納得できないなら、残念だけどあきらめるから出て行ってくれ、という無言の言葉を感じたんだと思います。

中澤も「分かりました。大丈夫です」と。もうそれだけです。
(岡田武史氏が語るリーダー論、マネジメント論特別開講「岡田ゼミ」要旨より引用)

この時なぜ長谷部選手を選んだのか?ここには理由は書かれていないが、このコメントの後に岡田元監督の考えがつづられている。

 

教育は英語で「education」ですよね。

その語源はラテン語で「引き出す」という意味なんです。指導、教育というと、空箱に何かを入れてやることだと思うんですけど、違うんです。

中に入っているものを引き出してやればいいんです。
例えば、サッカー選手なら、みんな勝ちたいと思っている。それをうまく引き出してやる。

認めてやって、引き出してやる。
(岡田武史氏が語るリーダー論、マネジメント論特別開講「岡田ゼミ」要旨より抜粋)

ここから読み取るにもともと長谷部選手が持っているキャプテンシー(人間性)のようなものを”引き出してやる”ためではないかと推測する。

その岡田元監督に託され今日まで彼は代表キャプテンを続け、歴代一位にまで上り詰めることになる。

また岡田元監督の後を継いだザッケローニ元監督とアギーレ元監督も次のような信頼を寄せていた。

ザッケローニ氏「今まで多くのチームを率いてきたが、本物の主将はマルディーニ(元イタリア代表の世界的名選手)と長谷部だけ」

アギーレ氏「経験を声で伝え、チームを落ち着かせることができる。長谷部は生まれながらのリーダーだ」


 

冷静な判断と厚い信頼

長谷部選手は2014年のブラジルワールドカップ前、右足のケガでクラブチームを離脱。

2度の手術(1月と2月)があったがチームのために5月のブンデスリーガー最終戦に強硬出場した。

そしてワールドカップの代表メンバーに選ばれたが5月末からのアメリカ直前合宿で再びケガをしてしまう。

その時のことをこう振り返っている。

 

ザッケローニ監督には『自分がこのような状態である以上、他の選手を(大会登録メンバーの23人に)呼んだほうがチームのためになるなら、その決断をしてください』と話はしました。
(中略)
自分の中では、はっきりしていました。何がチームのためになるのかを考えていたので、できるだけ早い段階で(自分をメンバーに残すか外すかの)決断をしてもらったほうがいいと思ったし、自分に代わって呼ばれるかもしれない選手がオフに入ってしまう可能性もあったので。
(サッカーダイジェストのインタビューより抜粋)

 

自分の出たい気持ちよりもチームのことを真っ先に考えたコメントだった。

その後ザッケローニ元監督からは”ケガが良くなるまで待つ”と長谷部選手を留める決断をしたことが書いてある。

 

長谷部は精神的支柱であり、チームでは必要不可欠な存在
(ザッケローニ元監督の通訳・矢野氏のコメント)

 

ワールドカップの結果は0勝2敗1引き分けでグループリーグ敗退。

残念な結果になってしまったがザックと歩んだ4年間は彼を大きく成長させたのではないかと思う。

この辺りのやり取りは矢野大輔氏が書いた通訳日記に詳しく記載されている。

大久保嘉人選手を代表に選出する前にどういう人物か長谷部選手に相談していたあたりも信頼の証ではないのだろうか。

参考:元代表監督ザッケローニの思考。リーダーに求められることとは

 

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